紡績労働者は、女子労働者を主軸としていました。
しかし、さらに多数の幼年労働を加えていた点からすると質的に低位の労働力でした。
第1に教育程度をみると、一般に教育普及度の低い貧農層から排出された女子であるから無教育の者が多かったのです。
紡績・活版印刷・時計・毛織物・化学・刷毛・玉スダレ・器械船舶・繰綿・硝子・瓦・マッチ等の工業労働者全体からみても、尋常小学校を卒業した者は、男工21.3%に対し女工は8.2%にすぎませんでした。
第2に、幼年労働の割合からみると・・・
幼年労働の割合は明治30(1897)年、紡績連合会調査報告によれば、女工78%・男工22%で、14歳以下の者の割合は男女共で16%です。
明治32(1899)年6月の東京紡績会社職工調べでは、満14年迄の職工割合は15.3%。
同年鐘ケ淵紡績会社本工場職工調べでは、満14年迄の者は4.2%。
さらに農商務省商工局工務課工場調査掛の同34(1901)年8月調査では、関西16工場における満14歳未満職工割合は10.11%となっています。
農商務省調査からすると、満14歳以下の者は2、514人でその内少女は2、209人ですから、紡績幼年工のほとんどが少女たちであったことが明らかです。
時には10歳未満の者もいました。