幼年工という面からみると・・・
幼年工がもっとも多いのはマッチ製造業を含む化学工場の18.9%ですから、それについて紡績業は幼年工が多数いたことが判ります。
紡績労働の質は、上記のように幼年工が加わっていたために、希薄化されていたこともあって階級性は著しく弱められ、資本の労働力濫奪をほしいままにしました。
どこの工場でも労働時間は大抵12時間でした。
昼の労働時間は、朝の6時から晩の6時迄で、夜業の場合は午後6時から午前6時迄が一般的でした。
そのうち休憩時間は午前9時に15分、正午30分、午後3時に15分、合計1時間です。
しかし織物工場や生糸工場で仕事の忙しいときは夜業9時に及ぶのが通例でした。
甚しい時には11時とか12時になることも稀ではなかったのです。
ちなみに『職工事情』に示されている甲工場の労働時間規定を記したものがあります。
・・・ところで、紡績業は日清戦争後中国大陸市場を拡大し急速に発展しましたが、それに即応して機械の連続運転が激化しました。
そのため労働時間も極度に延長されていったのです。