夜業のため昼間に睡眠をとらなければなりませんでした。
しかし、昼間の睡眠は完全に疲労を回復させるに至らず、また、早朝夜業を終えた後も直ちに眠ることは容易ではなかったので、6時に退場したとしても10時か11時頃まで寝つくことはできません。
それなのに、翌朝4時か5時に起床しなければならないので安眠時間が少なく、特に発育盛りの幼年工は、1日僅か5、6時間の睡眠であれば、心身の健康を保つことは不可能でした。
さらに夜間の執業では精神的消耗度が高く、電燈も薄暗かった当時では脳神経の疲労が大きく、日光に当ることがないので新陳代謝が減退し疾病率が高かったのです。
顔色も蒼白で精神疲労も濃く、沈んだ顔の女工がほとんどでした。
・・・したがって、夜業には欠勤者が多く、昼業を終えて帰ろうとする女工がまた呼び止められて夜業に残ることを命ぜられると、遂に24時間の立業をすることもあったようです。
さらにその上昼業につくこともあると、なんと36時間を工場労働に費やすことさえありました。
・・・このような重労働に堪えることができるでしょうか。
当然多くの女工たちが不治の疾病に罹り、ときには死んでいったのです。